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『人生に学びあり』を考える
中国山脈の麓、雪深い山村に、農家の長男として、私は、生まれました。60数年前のことです。
人の運命は不思議なもので、私が3歳になって一ヶ月後に、父が病気で亡くなってしまいました。
雪が2m〜3mも積もる2月の寒い冬のことでした。
風邪をこじらせ、肺炎になってしまったのです。
当時は、田舎のことですから、診療所は近くになく、満足な薬もなかったようです。しかも、大雪ですから、お医者さんを呼ぶこともできず、診療所へ行くことも出来ず、病気に勝てなかったのです。
母と妹、私の3人を残してこの世を去ってしまったのです。
そして、私たち3人は父方の祖父母と一緒に暮らすことになりましたが、
祖父母と母の間がうまくいかず、母は、当時生まれたばかりの妹を連れて、家を出ていきました。
私は一人残され、祖父母に育てられることになったのです。
家業は農業でしたが、山奥の農村ですから、広い平野は無く、面積の狭い田んぼばかりでした。
当時は農協へ米を供出し、現金収入を得ていましたが、そのお金だけでは到底生活はできませんので、炭焼きをして炭を作り、これを売ったり、杉山の杉を売ったりしてお金を得ていました。
・・・と言っても、現金収入は少なく、自給自足の細々とした貧乏生活でした。
食事は、主食がお米のご飯、副食は漬物が中心で、汁物は菜っ葉の入った澄まし汁程度でした。
小学生の頃、アイスキャンデイなるものがありました。
暑い夏が到来すると、一個5円のアイスキャンデイと一個10円のアイスキャンデイを売り歩く商い人がいました。
自転車の荷台にアイスボックスを積み、アイスボックスの中に数十個のアイスキャンデイを詰め込み売りに歩くのです。
ある夏の日、祖母が5円のアイスキャンデイを買ってくれたことがあります。
その頃、家を出ていた妹が帰ってきていましたので、二人で一つのアイスキャンデイを半分にして食べるのです。
でも、その日は、妹は家の中に居りましたが、私は、あいにく、家から少し離れた外で遊んでおりましたので、帰ってみるとアイスキャンデイは殆ど融けていました。冷蔵庫のない時代ですから当然のことです。
たった5円でも、私たちの為に、お金も満足に無いのに、アイスキャンデイを買ってくれた祖母の気持ちが大変嬉しく感じたことを、今でも強烈に思い出します。
第3者的にみれば、このような境遇は大変不幸せに見えます。
何故、こんな不幸せな家庭に生まれてきたのだろうと思えなくもありません。
でも、私は、不幸せとは思っていません。
「人間の本質」の項で述べていますように、人間の本質は「魂」です。肉体はこの世に生きるために与えられた防具のようなものです。
本来、「魂」は「霊」なのです。人間は本来「霊」なのです。「霊」がこの世に生まれ、個性化したものが「魂」です。
人間は「霊」であり、「魂」であり、その中心部が「心」なのです。そして、魂は永遠に生き続けます。
魂は決して死を迎えることはありません。
したがって、この世の肉体が滅びても「魂」は死なず、あの世に帰っていくのです。
この世では、「魂」は肉体に宿り、大変不自由な生活を余儀なくされています。本来「魂」は自由で平和なあの世で生活しているのですが、魂の成長を目指して、肉体に宿り、この世に生まれ、自分を鍛えているのです。
不幸せと思われるこの世での生活を経験し、私は強くなれるのです。
この世の試練に打ち勝ち、強くなって、この世の死を迎え、肉体を去って、あの世へ帰っていくのです。
あの世が私の故郷なのです。
実を言いますと、私はこの世に生まれる前に、この世でどのような境遇に生まれ、いかなる人生を歩むかという人生計画をたてて出てきたのです。
そして、勉強しているのです。
どんなに恵まれない境遇であろうと、どんな苦しみや悩みがあろうとも、私は承知の上、この世に生を受けたのです。
しかし、承知しているから、何も努力しないということではありません。
この世に生きている限り、幸せを求めて生きてゆきたいと思っています。
過去よりも現在、現在よりも未来がより幸せであることを願いながら、毎日生活しています。
『 この世の人生、全て学びあり! 』 と 思っています。
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